市民の眼        尾崎 雄 Ozaki Takeshi


 
 vol.42  

もの盗られ妄想を抱いてしまったわたし

2007-4-23
 

F市にある脳神経外科クリニックに入院して数日たったときのことである。退院時の支払いに充てる10万円を入れた封筒がない! 病室内を幾ら探しても見つからない。もしかしたら掃除のおじさんが持って行ってしまったのか。私の病室は個人部屋で、毎朝、食事が終わったあと掃除のおじさんが屑籠のごみを捨てて、床を拭いてくれる。お恥ずかしいことだが、新聞を買いに外出している間に、そのおじさんが、できごころで……とんでもない疑いが脳裏を過ぎった。

昼ご飯を終えてから、もう一度、病室備え付けの洋箪笥を点検すると、あった。お金が衣類の下に。そこに隠したという事実も隠し場所もそっくり忘れていたのである。ウーム、これだな、もの盗られ妄想とは。認知症の老人が「嫁が財布を取った、預金通帳を隠した」と騒ぐ。そんな妄想を、こともあろうに自ら演じてしまったのである。もはや認知症老人の「問題行動」を問題視する立場ではなくなった。一瞬ではあるが、実直な掃除のおじさんを犯人に仕立てるという誤りを犯しかかったからである。

<MRI検査によって入院を勧められて>

このクリニックに入院を決めたのは3月下旬のこと。ある日、立っていても寝ていても目がグルグル回って何もできなくなったので友人の医師に急遽診てもらったところ直ちに入院を勧められた。

入院計画書にはこうあった。病名:脳梗塞、脳血栓症、副鼻腔炎。症状:頭痛、眩暈、嘔心。治療計画:脳代謝剤投与、副鼻腔洗浄。検査内容:ゼノンCT(脳血流測定検査)。入院期間:2週間。

治療は毎日1回鼻の洗浄および午前と午後に1度づつ1時間の点滴を受けるだけである。病室の外は春爛漫。閉じこもっている手はない。治療の合間にクリニックを脱け出し、国立駅前の大学通りでお花見をしたり、駅前の書店をのぞいたり、石原慎太郎都知事が一橋大学の学生だった当時贔屓にしたという古い喫茶店で新聞を読んだりした。クリニックから国立駅周辺まで徒歩35分とあってスポーツ自転車を買い、ペダルを踏んで何度も大学通りや桜通りを走った。まことに病人らしからぬ入院患者である。

<満開の桜に見惚れてカメラを紛失>

桜並木を彩る満開の桜があまりにも見事だったので横浜の自宅からデジタルカメラを取り寄せ、桜の花を夢中で撮影した。国立駅のロータリーで、ふと気づくと右手にぶら下げていたはずのカメラが忽然と消えていた。ショルダーバッグやコートのポケットの中を検めたが影も形もない。それまでの道筋を引き返し路上に目を凝らしたが、むろん見つかるはずがなかった。

そんなことがあったあとの、もの盗られ妄想である。主治医に話すと「MRI所見ではアルツハイマー病ではない。脳血流性認知症だな」。言われてみると、そうかもしれない。認知症とはこんな風にして進行していくのか、と妙に納得してしまった。

<認知症老人の心境が分かった?>

10数年ぶりの自転車漕ぎが身体に障ったせいか、持病の腰痛が悪化。ベッド上で過ごす時間が多くなった。入院中に3度入浴したが、腰を痛めたあとの3回目は機械入浴を希望した。「寝たきり老人と全く同じように」と注文。病室からストレッチャーに乗せられて外来待合室の衆人環視の中を浴室へ。2人のベテランヘルパーの動きは無駄がない。手際よく全身を洗ってくれるのだが、湯が目や耳の穴に流れ込んで閉口した。わたしはヘルパーさんに冗談をたたきながら注意を促したのだが、言語障害のある患者は意思疎通が困難である。どんな思いで身体を洗ってもらうのだろうか。

今回の入院によって、どれだけ脳梗塞・脳血栓症の再発防止と進行緩和に対する治療効果が上がったのか、詳しいことはもう一度検査をうけてみないとわからないが、まもなく65歳になる自らの老化が予想以上に進んでいることは事実である。もう一つの収穫は、認知症老人の心境とはどんなものか、ある程度分かったことである。これは得がたい貴重な体験であった。65歳は、まさに老い支度に取り掛かる季節なのである。

 尾崎 雄(老・病・死を考える会世話人)

 

 
 
 vol.41   年寄りの特権 古典「老子」の味わい
  2007-1-19
 
 

年を取ると学校の教科書に載っていた古典の一節が懐かしくなる。若い頃はつまらなかった文章やフレーズがそれなりに解釈することができたり、共感できたり、また新たな意味を持ったりしてくるからだ。年寄りの特権である。

その特権で中国の古典「老子」を読むと現代日本の正体が見えてくる。第五十七章には「夫天下多忌諱、而民弥貧。民多利器、国家滋昏。民多智慧、邪事滋起。法令滋彰、盗賊多有」という文章がある。

以下の解釈は金谷治著『老子』(講談社学術文庫)からの引用だ。

「そもそも、世界じゅうに煩わしい禁令が多くなると、人民は自由な仕事を妨げられていよいよ貧しくなる。そこで人民のあいだで便利な道具が多く使われると、国家はいよいよ混乱する。こうして人民のあいだでさかしらの知恵がふえてくると、悪事がいよいよ盛んに行われる。そこで法令がこまかく立てられると、盗賊がたくさん発生する」

民多利器、国家滋昏は「民に利器多くして、国家ますます昏(みだ)れ」と読み下すのだが、私は、こう解釈した。「利器」を「携帯電話やテレビゲーム」に、「国家」を「人間、社会」と読みかえれば、老子さまは2500年前から現代日本の乱れを予言していた、と。

一般家庭が小学生に携帯電話を与えるような国は世界中で日本だけだ。携帯電話は若者の人間関係を空疎にし、TVゲームなどIT遊具がもたらすバーチャルリアリティは子供たちの理性の発達を妨げていることは多くの研究によって明らかにされつつある。いじめ、虐待、殺人や自殺の原因はここにある。発達障害の根源には過剰な「民多利器」が存在する。

では、なぜ「民多利器」が過剰になったのか? これも「老子」は教えてくれる。「足るを知る」ことを忘れてしまったからだ。第三十三章は、知足者富(足るを知る者は富む)と説く。そのこころは「満足することを知るのが、ほんとうの豊かさである」ということ。

欲望を拡大再生産する産業社会のメカニズムに組み込まれた私たちは「足るを知る」ことなしに欲望の泥沼から脱することはできない。商品やサービスに対する無限の欲望から解脱することなしに心の安定は得られない。人間の原罪とはこのことをさすのだろう。

知足不恥辱、知止不殆。「老子」第四十四章のエッセンスはこれである。「まことの満足を知るものは、屈辱をうけてわが身を汚すようなことをまぬがれ、適切なところで止まることを知るものは、わが身を危険にさらすようなことになるのをまぬがれる」      (尾崎 雄=老・病・死を考える会世話人)

 

 

 
 vol.40  

いよいよ福祉の本丸にも改革のメス
    「社会福祉法人経営の現状と課題」を読む

 2006-10-17
 
 

去る8月11日、一冊の報告書が発表された。社会福祉法人経営研究会編『社会福祉法人の現状と課題』(125頁)だ。サブタイトルは「新たな時代における福祉経営の確立に向けての基礎作業」である。全国紙や全国テレビネットワークは、なぜか、この報告書ほとんど取り上げなかったが、この報告書はこれからの社会福祉事業のあり方を根本から変える極めて重要なメッセージが盛り込まれている。

わが国に社会福祉法人ができたのは1951年。ちょうど55年前のことである。日本全体が貧しかった当時、社会福祉は弱者のための制度だった。それから日本は世界第二の経済大国になり、社会福祉の考え方も一変した。介護保険の実施である。介護保険は「福祉」のあり方を弱者のための制度から国民全部のための制度に変えた。ところが、「福祉」事業の主役は相変わらず弱者のために「福祉」を行うとされる社会福祉法人のままである。

本来、社会福祉事業は国や地方自治体の責任である。だが、行政によるサービスは画一的になり、多様な社会環境の変化に柔軟に即応することは難しい。そこで創意工夫を凝らし個人の尊厳を保持する自主・自由な事業を民間にやってもらおうとして誕生した制度が社会福祉法人だった。それから半世紀余りたったいま、社会福祉法人の経営者は、自信を持って創意工夫と公共性を実現していると公言できるだろうか?

       <合併を促し、「質の低い法人・経営者」の退出を誘導>
一方、規制緩和、補助金・政策金融の見直し、株式会社など異業種営利法人の参入、介護報酬のマイナス改定など社会福祉法人をめぐる経営環境は厳しい。社会福法人制度はそれを支えてきた補助金と税制優遇による護送船団方式もろとも沈没の危機に瀕していると言っては言いすぎだろうか。

このまま放置していては、来るべき「2015年問題」と「2025年問題」に対処できず、わが国の社会福祉は崩壊するだろう。2015年には戦後のベビーブーム世代が高齢期に達し、その10年後の2025年にはわが国の高齢者人口は3500万人とピークを迎え、後期高齢者は2000万人にもなる。この世代はと権利意識と自己主張が強いだけに、従来のままの社会福祉法人は、膨大かつ多様で身勝手な介護ニーズに応えるサービス需要を賄うことができないだろう。

「報告書」は時代の変化から取り残されて機能不全に陥っている社会福祉法人の全体像を統計・調査データによって摘出し、「新たな時代における福祉経営の基本的方向性」(試論)を示す。その柱は、@基本的方向性=「施設管理」から「法人経営」へ、A法人認可等のあり方(参入・退出・規模)、B法人単位の資金管理、Cガバナンス・経営能力、D資金調達――である。

規模拡大によって経営力を強化するため、新たな参入と退出のルールを作って社会福祉法人の合併・統合を促す。合併のためのマッチング、買収などの手引書を作成し、「質の低い法人・経営者」の退出を誘導する。また、法人単位の資金移動や措置費の使途制限を弾力化し、会計間の資金移動、収益事業における借入金規制の廃止および資産運用の規制緩和を実施する方向である。

     <新規法人設立にストップ? 年度内に制度見直しを目指す>
改革を遂行には法人本部の強化が必要だ。同族経営を改め、理事・理事会を実質的な執行機関として機能させる、中間管理職の育成、監査のあり方も外部監査の活用など実質的な監査に改めることが課題になる。資金調達の面では民間金融機関の融資を拡大するほか私募債発行の研究も行う。介護報酬の引き上げは期待できないからだ。

行政のあり方も変えねばならない。「新たな『福祉の産業政策』」の実施である。「1法人1施設」の法人認可を見直し、ケアの質や経営能力に着目するよう行政も変わるだろう。「新規法人の設立を当然の前提とはしない」のだ。

これは正に社会福祉法人の「構造改革」宣言だ。この種の提案は学識経験者が中心になって行うのが通例だが、今回は違う。報告書をまとめた社会福祉経営研究会メンバー19人のうち7人は中村秀一社会・援護局長をはじめとする厚生労働省の課長・課長補佐ら。残りの10人は全国社会福祉施設経営者協会の会長・副会長らで、学識経験者は2人。そのうち福祉の専門家は1人だけだった。

10月10日、私は有志を集めて中村局長を講師に「報告書」の勉強会を開いた。席上、局長は、社会福祉法人は「絶対につぶれない、つぶさないという政策は悪である」と言い切った。年末には都道府県に「方向性を示す」とし、年度内に制度見直しを目指す。社会福祉の地殻変動の予震は足元で起こっている。

                         (尾崎 雄=老・病・死を考える会世話人)




vol. 1 草の根福祉の担い手  マドンナたちの後継者は?  
● vol. 2 在宅ホスピス普及の鍵を握る専門看護婦に資格と社会的地位を
  
● vol. 3 <NY“脱出”速報>


vol. 4 ホスピス・ケアはアジアでも「在宅」の波?  
vol. 5 青年医師の決断  −ニューヨークのテロから学んだこと−
vol. 6 「恐い先生」と「やさしい先生」 −東京女子医大の医療事故隠蔽事件のニュースから−


vol. 7 「9.11」のニューヨークから4ヶ月−生還者たちの様々な思い−
vol. 8 介護保険で介護負担感は軽くなったか?−サービス利用料が増えれば実感がわく?−
vol. 9 在宅ターミナル・ケア25年。先駆者、鈴木荘一医師の軌跡


vol.10 訪問看護婦、ホスピスナースは「ハードボイルド」だ!?
vol.11 車の片輪で走り出した高齢者福祉? 成年後見制度 日独の違い
vol.12 東北大学が生んだもう一人の先駆者、外山義氏の急逝を惜しむ

     日本の高齢者介護の改革を促した人間建築デザイナー


● vol.13  旅だち―ある女子大の卒業式にて 
● vol.14  大学教授になって11ヶ月目。急逝したAさんを悼む
● vol.15 「旬なスポット、六本木ヒルズ」は“バブル”の丘?


● vol.16 地域にホスピスの新しい風が吹く
● vol.17 
住民の健康を護る温泉町の保健師―水中運動ネットワーカーとして
● vol.18 「死の臨床の魅力」とは?

● vol.19 「東京物語」が予言した“未来社会” の介護問題
vol.20 在宅医療から市民自身による「マイメディスン」へ
vol.21 人間の誕生から看取りまでするコミュニティケア


vol.22 介護予防に役立つ「非マシン筋トレ」。熊本県と北海道の実践から
vol.23 看護師が仙台でデイホスピス(在宅緩和ケアセンター)を開始
      一般住宅を借りて在宅ホスピスケアの拠点をつくる

vol.24 介護ロボットの開発に関心が薄い福祉業界


vol.25 医療政策を官僚から市民の手に――国の補助金で人材養成
vol.26 スウェーデンでも遅れている? 医師たちの痴呆観

vol.27 中越地震から1ヶ月――被災地の病院における危機管理


vol.28 災害医療と情報――危機管理の基本について
vol.29 ケアの主役は高齢者――愛知県師勝町の回想法を見て
vol.30 自分を騙すひと、騙さないひと


vol.31 「悪徳病院の悪徳医師」だったころ 
vol.32 医療の安全は患者参加によって進むか?
vol.33 ホスピス開設をめざす松本の尼僧


vol.34 言葉遣いについて―リハビリに通い始めて気づいたこと
vol.35 介護予防は保健師自立の起爆剤になるか?
vol.36 「良き伴侶」に恵まれるということ

vol.37 女性解放”の旗手、ベティ・フリーダンを偲ぶ
vol.38 ある開業医の物語『ドクトル・ビュルゲルの運命』
vol.39 「書を捨てよ、町に出よう」 在宅ホスピス元年に思いを馳せる新刊書


vol.43 イギリスにおける医師処分
vol.44 「10対100」体制が生き残りの条件? 訪問看護ステーションの行方

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