市民の眼        尾崎 雄 Ozaki Takeshi


 
vol. 3
  <NY“脱出”速報>
2001-9-20
 

 9月11日 午前 9時10分(現地時間、以下同)頃、東部米国ホスピス視察団一行とともにニューヨークをバスで移動中、車窓からWTCビルが煙を吐いていた。同 9時30分頃、路上で同ビルの爆発、崩壊を目撃。パトカー、消防車のサイレンでダウンタウンは騒然となる。マンハッタン島封鎖、交通機関途絶。12丁目から42丁目のホテルまで歩く。42丁目とレキシントンAv.の交差点にたどり着くと群集のパニック発生(爆弾デマ?)、危うく難を逃れた。

12日、グランドセントラルハイアットホテル28階で視察団の全体ミーティング中、警報が響き、「ホテルより2ブロック先まで退避」の緊急避難命令を受ける。非常階段を駆け下って館外へ。グランドセントラル駅周辺はパトカーのサイレンが響き退避する群集でごったがえす。この際、視察団の一人が行方不明に。彼は警報後エレベーターで29階に戻り、パスポートを探してからエレベーターで館外に出たとのこと! あとでそれを知った。
私は視察団の団長と添乗員に「すべての旅程をキャンセルし、ただちに帰国を」と求めたが、視察団参加者の8割をしめる医師、看護婦らの意見は「高い旅費を支払ってせっかく来たのだから、バス運行再開を待って残りの日程を消化したい」。団長も「皆さんの意向を尊重する」という。

「緊急帰国」発言以来、私の発言は「徒に不安を煽る」と封殺された。
ニューヨーク居住経験を持つ弟や義弟から国際電話で「グランドセントラルホテルは最も危険。マンハッタンから出るよう」と警告されるが、視察団の一員として単独行動は困難だ。そこでJCBカードの利用限度額を300万円まで引き上げ、日経NY総局および救援ボランティア全米ネットを持つアガペハウスとコンタクトし最悪時に備える。
NY総局の予測は「戦争開始は1週間後。テロ予測は不可」とあって帰国便の搭乗まで体力温存を決める。
むろんテロ後の視察日程はすべてキャンセル。ところが視察団参加者の多くは帰国便が飛ぶ17日までショッピングに観光にと連日、街に繰り出していた。
視察団のメンバー28人の大多数は医師、看護婦だった。人命を預かる医療専門職の危機管理意識と危機管理能力について疑念を感じなかったといえば嘘だろう。視察団に参加した医師、看護婦のすべてがそうだったわけではないが気になる事だった。

いま米国は準戦時体制だ。米国は史上初めて本土攻撃を受け、大統領その人、ホワイトハウス、ペンタゴンが標的となり、それが実行された。
全米の教会で挙行された犠牲者の追悼ミサでブッシュ大統領は「われわれは戦争を仕掛けられたのだ」と全米国民に宣言した。
今回の戦争は国論が二つに割れたベトナム戦争、当初議会がもめた湾岸戦争とはまったく雰囲気が違う。ジョーン・バエズは「We shall over come...」とベトナム反戦歌を歌ったが、米全国TVネットは同じフレーズをテロリストに向けて発信している。
日本からのTV、新聞をみると、一番のポイントが判っていない。いわんや政府はじめ国民一般は何も判っていないようです。数年前までNYで勤務していた弟は在米中、WTCビルの2キロ以内には近づかなかったという。

9月18日夕、予定より4日遅れで無事、帰国。
日本および日本人は世界でまれにみる平和ボケ国家、平和ボケ民族だと痛感した。

 
 
vol. 2
  在宅ホスピス普及の鍵を握る専門看護婦に資格と社会的地位を
2001-9-2
 
 

  わが国のホスピスの数は緩和ケア病棟の承認を受けた施設だけでも現在89箇所。そうでないない施設を含めると、とうに100を超えているはずだが欧米に比べると量、質ともに問題が多い。例えば在宅ケア。在宅ホスピスを前提にしたコミュニテイ・ケア・ネットワークが発達している英国やアイルランドなどに比べ、日本のホスピス整備はホスピスというハコモノ作りに偏っている。在宅ホスピスについては公式統計すらない。

癌患者の多くは自宅での療養を望む。QOLを高める家庭での看取りを取り戻すためには、医師が看護婦に権限を委譲しなければならない。「在宅での症状緩和ができる技量を持つ専門看護婦を育成し、それに見合った社会的地位と報酬を保証すべきだ」。日本ホスピス在宅ケア研究会事務局長の梁勝則医師が指摘する通りだ。ホスピス先進国ではホスピスの実質管理者はナース。英国では在宅患者にモルヒネを投与したり医師の指示を待たず患者を看取ったりできるよう高度な教育・訓練を施された専門ナースが在宅ホスピス・ネットワークの事実上の責任者になっている。梁医師によると日本ホスピス在宅ケア研究会に所属する開業医は400人。非所属の医師を合わせてざっと1000人の開業医が全国で家庭での看取りを行っていると推定されるが、高齢化する開業医に24時間365日の対応が必要な在宅ホスピスのすべてを任せることは困難だ。21世紀は強力なコミュニティ・ナースの出番なのである。

 
vol. 1
  草の根福祉の担い手  マドンナたちの後継者は?
2001-8-13
 
 

 テレビを見ていたらチョモランマはじめ世界7大陸の最高峰をすべて登頂した若者が登場した。石川直樹さん。24歳。もちろん世界最年少記録である。いわく「僕は冒険家と呼ばれたくない」。なぜなら「会社を起こしたりする方がよっぽどリスクが大きい。それこそ冒険家。僕は遊んでいるだけだ」から。

 冒険家といえば行政からもシルバービジネスからもほとんど見放されていた在宅介護支援に徒手空拳で取り組んできた先駆者を見落とすわけにはいかない。とりわけ旧い一般住宅を改造した「宅老所」と呼ぶ小施設を創設してきたのはおおむね50歳代の女性。パワフルで個性的な団塊世代の面々で、石川青年の母親世代にあたる。宮城県の調査によると全国の宅老所・グループホームは1998年で推定600以上。現在は1000を超えるだろう。その多くは当時、孤立無援だった彼女らの手になるものである。

 問題はこれから。ケアの質では東日本一と呼ばれる「のぞみホーム」の施設長は33歳の元看護婦・奥山久美子さん。元祖宅老所「よりあい」の“2号店”「第二宅老所よりあい」の責任者は37歳の元特養職員・村瀬孝生さん。物静かな二人は「求められれば、お年よりは最期まで看取ります」とさりげなく語る。
パワフルな冒険マドンナから冷静・柔軟な若い世代への世代交代は滞りないか。マドンナたちは、もう一回“子育て”の腕を試されている。



vol. 4 ホスピス・ケアはアジアでも「在宅」の波?  
vol. 5 青年医師の決断  −ニューヨークのテロから学んだこと−
vol. 6 「恐い先生」と「やさしい先生」 −東京女子医大の医療事故隠蔽事件のニュースから−


vol. 7 「9.11」のニューヨークから4ヶ月−生還者たちの様々な思い−
vol. 8 介護保険で介護負担感は軽くなったか?−サービス利用料が増えれば実感がわく?−
vol. 9 在宅ターミナル・ケア25年。先駆者、鈴木荘一医師の軌跡


vol.10 訪問看護婦、ホスピスナースは「ハードボイルド」だ!?
vol.11 車の片輪で走り出した高齢者福祉? 成年後見制度 日独の違い
vol.12 東北大学が生んだもう一人の先駆者、外山義氏の急逝を惜しむ

     日本の高齢者介護の改革を促した人間建築デザイナー


● vol.13  旅だち―ある女子大の卒業式にて 
● vol.14  大学教授になって11ヶ月目。急逝したAさんを悼む
● vol.15 「旬なスポット、六本木ヒルズ」は“バブル”の丘?


● vol.16 地域にホスピスの新しい風が吹く
● vol.17 
住民の健康を護る温泉町の保健師―水中運動ネットワーカーとして
● vol.18 「死の臨床の魅力」とは?


vol.19 「東京物語」が予言した“未来社会” の介護問題
vol.20 在宅医療から市民自身による「マイメディスン」へ
vol.21 人間の誕生から看取りまでするコミュニティケア

vol.22 介護予防に役立つ「非マシン筋トレ」。熊本県と北海道の実践から
vol.23 看護師が仙台でデイホスピス(在宅緩和ケアセンター)を開始
      一般住宅を借りて在宅ホスピスケアの拠点をつくる

vol.24 介護ロボットの開発に関心が薄い福祉業界

vol.25 医療政策を官僚から市民の手に――国の補助金で人材養成
vol.26 スウェーデンでも遅れている? 医師たちの痴呆観

vol.27 中越地震から1ヶ月――被災地の病院における危機管理


vol.28 災害医療と情報――危機管理の基本について
vol.29 ケアの主役は高齢者――愛知県師勝町の回想法を見て
vol.30 自分を騙すひと、騙さないひと


vol.31 「悪徳病院の悪徳医師」だったころ 
vol.32 医療の安全は患者参加によって進むか?
vol.33 ホスピス開設をめざす松本の尼僧


vol.34 言葉遣いについて―リハビリに通い始めて気づいたこと
vol.35 介護予防は保健師自立の起爆剤になるか?
vol.36 「良き伴侶」に恵まれるということ


vol.37 女性解放”の旗手、ベティ・フリーダンを偲ぶ
vol.38 ある開業医の物語『ドクトル・ビュルゲルの運命』
vol.39 「書を捨てよ、町に出よう」 在宅ホスピス元年に思いを馳せる新刊書


vol.40 いよいよ福祉の本丸にも改革のメス 「社会福祉法人経営の現状と課題」を読む
vol.41 年寄りの特権 古典「老子」の味わい
vol.42 もの盗られ妄想を抱いてしまったわたし


vol.43 イギリスにおける医師処分
vol.44 「10対100」体制が生き残りの条件? 訪問看護ステーションの行方

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